

展覧会も一息です。
インタビューしていただいた記事をまとめますw
まず、パブリックイメージでの、私と辺口君のもの。
NA2ME
http://www.public-image.org/interview/2010/03/10/na2me.html辺口芳典
http://www.public-image.org/interview/2010/03/12/yoshinori-henguchi.html展覧会の風景
http://public-image.org/3d/?p=19個展の様子は、また、写真あげますが新作がたくさんあって、満足しています。
インタビューを振り返って思うこと。
私はなぜ、憂鬱な女を描くのか?
そして、許す女と言われるのか?
あの過激な言葉が飛び交うインタビューで伝わりきらないことがある。
私は、壊れて行く女を見るのが好きだ。
しかし、誰しもが大人になるにつれ、社会との関わりを取る中で、自らをどこかで犠牲にし、大なり小なり壊れて行く物だと思っている。
女だけではないのだ。
しかしながら、女が壊れて行くのがなぜ美しいかは、感情の生き物であることが大部分を占めている。
男は、きっと、社会との関わりが女よりも強く要求される生き物だ。
どこかで、防御線を張っているし、表に出そうとはしない。
ある女が、私は鬱病で、病院に行き、たまに息苦しくなると手首を切りますと、テレビの画面の中で訴えていた。
私は、なんて、楽観的な人間なのだろうとあっけらかんとした。
わざわざテレビに出てまで、私がかわいそうで病気を抱えて世界で一番かわいそうな女だと訴えているなんて。
そこまでの自覚があるのなら、なんとでもなるだろうに。
私は、そんな中途半端な女は相手にしない。
おまえには余裕があるのだろう。
だからテレビに出るんだよ。
絶対、死ねないな。
ブラウン管越しの女に、そう、直感で感じた。
私が見た女には、家がなかった。
公園で寝泊まりし、風俗で毎日、体を売っていた。
違う女は、満面の笑みで、都会のど真ん中でシャブを打ち、砂漠を見ながら、腕にはさみをブッ刺した。
また、違う女は、キラキラ光るきれいな石が欲しくて、1年中、24時間に3回も売春をし、家にも帰らず道ばたで食事を取っていた。
同じ顔の部分が、ズレると言って1年に3回も同じ場所を整形する女。
犬の散歩に行くといい、犬を抱いたまま放さないで家に帰ってくる女。
親の借金で、売られて来て、風俗で働きながら、男にも金を貢ぐ女。
男をだましすぎて、刺されて死んだ女。
テレビで見た女よりは、みんな行き過ぎた女たちだった。
そして、自分の人生に精一杯で、余裕などを考える時間もなかったのだ。
そこに、悩みはあっただろうが、迷いはなかった。
突き進み、誰にも止められず、最後の最後まで、自分を信じて疑わない女たち。
そんな女を、間近でずっと見て来た。
そんな女が、絶望的でもあり、美しいとも思った。
それは、のーふゅーちゃーって言葉だけではない、新しい新人種の幕開けなんだと。
それでも彼女たちは、毎日笑顔で生きている。
私よりも、もっと進化した女たちだ。
毎日そう思っていた。
私は、進化してないので、真似できない。
そう感じていた。
私は、そんな女たちに敬意を込めて、それでいいんだよと、つぶやいて来た。
だから、私は憂鬱な女を描き、許しを持って彼女たちの話を聞いた。
許すとはオコガマしい言葉で、聞かせていただいたと言った方が正しいのだ。
許容するという言葉が一番しっくりくる。
許容と、共存。
自分にない物を持っている人に強く惹かれる。
ただそれだけだったんだと思う。
この10年の作品たちは。
これから先の10年は、もっと大きな視点でいろんな作品を作ってみたい。
ありがとう。
美しい女たちよ。
posted by na2me at 00:30|
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